ウチデノコヅチ

とあるGPLerの個人的記録

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ePiano

2008.08.29
雷見ながら書いてます。w

ヤフーニュース見てたら面白いサイト発見。「ePiano」というサイトで、オンライン上でピアノが弾けるという。いわば絵板のピアノ版みたいなものだろうか。

鍵盤をクリックするか、キーボードの対応するキーを押す事でピアノの音が鳴る、という感じなので、和音は厳しいですが、ポロポロとメロディを弾いてたら結構楽しいですよ。何となく学校の音楽室を思い出します。
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ニコ厨

2008.04.11
奴はとんでもないものを盗んでいきました。それはわたしの時間です。

こんばんわ。前回のエントリー後、一度もGPLを立ち上げていないTOMSです。おかげさまで私も毎日ニコ動に通う立派なニコ厨と化しております。ボーカロイドのオリジナル曲とか東方系のMADとか、半年から1年くらい前の完全に周回遅れなネタを発見してはマイリスに入れて、延々リピートして時間が過ぎていきます。

昨日まではボカロ自作曲メインでしたが、今は東方アレンジにハマり中。しかしボカロオリジナルにしても東方アレンジにしても、クウォリティ高すぎる。なんか音楽にこんなにハマるのは久々ですわ。7年ぶりくらいか。最近のメジャー系の楽曲は、いろんな面で洗練されてて、演奏とかもレベル高いんだけど、なんというか、面白くない。すごいとは思うけど、のめりこむ程惹かれる部分がない。

今久々にこののめりこむ感覚を味わえて、しかもそれがアマチュアの音楽というところがすごい。まあ同人だと半分プロみたいなもんかw。ボカロのオリジナルなんかも、ほんとOster氏とかヤスオ氏とかゆうゆ氏とか、特にOsterPの「Ring×Ring×Ring」聞いたときは、普通にTVでやってるアニソン聞いてる感じがしたし、「えれくとりっく・えんじぇぅ」のトランスアレンジなんかも、ほんまもんのトランスだし、SHBのユーロビートっぷりも素人では作れんレベル。あと、各曲のPVもすごいものがある。あれはプロも混ざってるみたいだけど。

あと東方。驚いたのは、あれの元曲はゲーム作者が作ってるという点。ゲームも音楽も作れるとはなんという多才っぷり。いろいろBGM聞いてみたけど、F→G→Amの進行であれだけバリエーションを作れるのがすごいw。しかも音楽を聞いてるうちになんかキャラクターも覚えてきてしまったw。やばい、これは7年前にモー娘にはまったパターンではないか。

東方アレンジやってる人たちもすごい。特に今ニコ動にある有名MADの曲は大部分がARMという人のアレンジのようですが、私の尊敬するミュージシャンのリストに入りそうな勢い。あとビートまりおという人。この人もすごい。この辺の人達はその界隈では著名人のようですが、全くその界隈の人ではない自分からすると、ああ、世の中にはこんな人がいるんだと新たな世界を発見してしてしまった気分。

そんな感じでニコ動入り浸りですが、昨日はなんか突然ゲームが開催されて、ほんと突然だったのでビビりましたw。時報の時間じゃないので完全に油断してたところで、いきなり勝手にモグラ叩きが始まったんですが、わたくし何気にほぼ毎日もぐら叩きやってるんです。ちょびリッチというお小遣いサイトでw。そして毎回2匹とかしか叩けません。orz

で、今回も「どうせ苦手だしなー」と最初は適当にやってたんですが、思ったより制限時間が長かったので、やってるうちにマジになってきてしまったw。それでちょびリッチよりは叩けたので、よしよし、と思ってたら、なんとなんと約87000人の参加者のなかで66000位というw。おいおいどんだけ~(←人生初どんだけ)という結果でした。惨敗です。己のクリックスキルの低さを思い知らされた感じです。1位は18400点でした。私は4540点です。1位になるにはあと14000点取ればいいわけか。無理です。それにしても、あの瞬間にニコ動に9万人いたというのがすごいw。
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私の音楽活動史 Part5/5

2007.06.18
その他に大学の講義(音楽文化史だかなんだか)の一環として、その講義を取ってたサークルのメンバーとバンドを組んで、ライブをやった事もある。スピッツの「空を飛べるはず」をコピーした。その時はキーボードは要らなかったので、ドラムをやった。ベースが二人いたりして面白かった。確か1発目にやって、それなりに好評だったと思う。

その後しばらくは、ゲーム(GTシリーズ。これにはまったのが後のGPLに繋がるワケだが…)にはまっていて音楽活動はお休みしていたが、21才の時、Yahoo掲示板で知り合った人たちと、ユニコーン・奥田民生のコピーバンドを組んだ。毎週スタジオに入って、ほぼ1年間続いたが、最終的にライブをするまでには至らなかった。これ以来、現在までバンド活動はしていない。

この少し前に、KORGのD8という、8トラックのHDレコーダーを購入し、ギターとベースも買って、一人で全てのパートを入れられるようになった。それまでは、ギターやベースのパートはシンセによる打ち込みに頼るしかなかったが、これによってドラム以外は生音になった。RolandのD50やYamahaのCS-15、OberheimのMatrix6等、機材を買いまくった時期でもある。

そして2001年、22才の時、ある一曲との出会いから、モーニング娘。にはまる。ちょっとふり返ると、93年~96年が小室、97年~2000年が民生、そして2001年からつんく…。所謂プロデューサー的な仕事してる人にはまるようである。しかし、つんくの場合は自分でアレンジをしていないので、少し例外というか、どちらかというとアレンジャーの方にはまっていたと言える。あくまでも「音楽」にはまったのだが、段々メンバーにも感情移入してしまうw。とにかく、その一曲に一目ぼれ、いや、一耳ぼれしてしまい、もういてもたってもいられずCDを買いに走ったくらい。そして、惚れた音楽へのアプローチとして、完コピまでやった。徹底的に細部までコピーし、多分その間に1000回はリピートしただろうってくらい聴きまくった。そしてなぜこの曲が良いのかを徹底的に分析した。勢いで初めてのWebサイトまで立ち上げ、そのレビューを掲載したら、モーヲタのサイトで紹介され、短期間で驚くようなアクセス。一日平均1000ヒットを超えた。が、それも瞬間最大風速で、次の曲が期待はずれで、程なくして熱が冷めた。

それからは、チョロチョロ機材を弄ったり楽器弾いたりする程度で、これといって活動は無く。2002年にPCでレコーディング出来る環境が出来た。2005年に、初めて所謂コラボレーションというか、他人の作った曲を編曲するというのに挑戦した。鼻歌があって、それにコードやアレンジを付けていく作業だったが、これが非常に苦戦し、やっとのことでそれが完成した後、今日まで1年以上まったくと言っていいほど楽器を触っていない。音楽もたまに聞くくらい。

しかし、このエントリーを期に、ぼちぼち音楽活動を再開しようと思う。1年お休みしたら、ちょっと楽器触りたくなってきたのと、自分なりに音楽のどの辺に魅かれるのかを探りたいという事で、これからのエントリーで思う事をいろいろと書き連ねてみる事にする。
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私の音楽活動史 Part4/5

2007.06.17
高校3年。相変わらずT-SQUAREバンドをやり、文化祭でライブ。しかし、この年はもう一個バンドを組んだ。その友達がライブやろうライブやろう言うので、TMNのコピーバンドで文化祭に出ることになったのだ。バンドといっても、私(キーボード)とその友人(ボーカル)と、もう一人の三人で、打ち込みライブである。高校三年という事で、高校生活最後の文化祭。シンセは自分の2台(この頃は01Wに加えてDX7も所有していた)と、近所の幼馴染のEOSB700、学校の備品らしいSY-77を積み上げ、高2で買ったコンプやリバーブ、サンプラーなんかを並べて、なんかすごい事になった。キーボードでやぐらを組むというのはひとつの憧れだったし、あの時最後まで悩んだB700と、さらにSY-77も使えることになって、かなり嬉しかった。

打ち込みは1週間で12曲くらい打ち込んだと思う。毎日徹夜して打ち込みまくり。そして当日。一応衣装っぽいものも用意して気合十分。途中で音が出なくなるハプニングもありつつ、無事1日目が終了。しかし、文化祭2日目は台風で中止。結局予定の半分しか披露することが出来なかった。出来としては結構良かったのではないだろうか。打ち込みを知らない人が多かったのか、「CD流してるだけ」と思った人もいたらしいがw。まあそれだけ完成度が高かったという事で成功したと言っていいと思う。

大学1年になり、ギターアンサンブル部に入った。軽音に入っても良かったのかもしれないが、偶々勧誘されて溜まり場に居座ってたら居心地が良かったので、結局入ることにした。クラシックギターという事で、エレキギターとは違って指で弾くことになるが、とにかくギターを弾けるようになりたかった。高校時代、バンドやってると他の楽器で遊んだりすることもあるが、ドラムは叩けてもギターやベースは弾けなかった。ボーカルの人(女)とかもベースとか弾いてたりしたので、なんか自分だけ弾けないのが悔しかった記憶がある。それと、高校生活の終わりごろから、小室系ではなく、奥田民生に好きな音楽がシフトしていたのもある。まあ、テクノやりたくて01W買ったり、ギター弾きたくてクラシックギターサークル入ったり、ちょっとズレたチョイスをする傾向が見受けられなくも無い…。

大学1年だったが、まだ高校とも繋がりがあった。例のTMNライブの時のもう一人、F君は、自分より学年がひとつ下で、すでに高3になっていたのだが、その人が、文化祭でライブをやりたいので手伝って欲しいと言ってきた。卒業生が文化祭のライブに出演しちゃうのってかなりイレギュラーだけど、了承した。その頃はいくらか機材も買い増していたが、そのライブの為に、さらに16chミキサーを買った。そのライブもなかなか上手くいったが、その後F君に期間限定のバンドに誘われた。自分以外はその高校の生徒である。何回かスタジオ入って、メンバーが揃わない時は、キーボードのかわりに別の楽器をやった。F君が高校卒業する3月に、町田でライブをやった。学校の体育館ではなく、ちゃんとしたスタジオのライブスペースでやった初めてのライブだった。観客はまあ、メンバーの友達とかがメインだったが、50人くらいは入り、これも成功した。
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私の音楽活動史 Part3/5

2007.06.16
この生音向けの01Wで小室系のテクノを作るというマゾ行為に、それからの3年間が費やされたといっても過言ではない。この01Wがどれほどテクノ向きではないかというと、フィルターにレゾナンスが無いのである。一応「ウェーブシェイピング」という、元波形を変調する機能を使って、「ビヨビヨ」という擬似的なレゾナンス効果を与えることは出来るが、こんなのは所詮モドキである。レゾナンスが無いというのは、テクノをやる上では致命的。かなり挫折感を味わいつつ、自分なりにそれっぽい曲を作っていった。

そして高校に入ると、いよいよバンドを組むことになった。しかしそのバンド、なんとコミックバンドw。しかもバンドメンバーは、なんとなんと、先生w。ドラムとベースが先生で、他は上の学年の人達だった。にしても、生まれて初めてのバンドがコミックバンドだなんて、なんてこったい。まあそれはともかく、バンドをやるという事自体はとても刺激的だった。しかも職権乱用で学校の音楽室準備室でタダで練習できたw。バンドとなると、01Wはなかなかの良さを発揮してくれる。テクノではともかく、普通のPOPSではプロも使っていた機種なだけに、音としては良かった。特に、同じKORGのM1が成功してから、PCM音源で生音のリアルさを追求する傾向が出てきて、01Wはその点ではトップクラスだった。今時の最新機種と比べればLo-Fiサウンドとなってしまったが。

その後文化祭で初ライブ。といっても、バンド活動を始めてからは初だが、中3でシンセ買った直後に、やはり学校で人前で演奏披露したことがある。初めて耳コピした曲、「Ez Do Dance」を。まあ、しょぼいもんだったが、とりあえず人生初ライブはそちらだった。

高校2年になり、コミックバンドでボーカルをやっていた女子が卒業してしまったので、バンドメンバーに新しく先生がひとり加入。そして、コミックバンドではなく、T-SQUAREのコピーバンドになった。急に曲の難易度があがったw。ソロパートも結構あったりして大変。T-SQUAREの曲はテレビドラマとかで流れていて、91年頃のドラマ「放課後」でフィーチャーされていた曲なんかもコピーできて、楽しかった。この頃がバンドの楽しさを一番味わっていた時期だった。夜9時ぐらいまで学校に残って練習したりして、充実していた。そして、またもや文化祭にてお披露目。

この間、音楽は完全に小室系にはまっていた。ので、耳コピとか作る曲もそんな感じのが多かった。その頃、クラスにTMN好きの友達がいて、自分の気に入った曲をテープにして渡してくれていた。邦楽洋楽問わず、この頃に知った曲はほとんどその人経由。よく音楽室に忍び込んで、TMNとか小室系の曲を私がピアノ伴奏して、友人が歌ったりして遊んでいた。後に、この友人とバンド(ユニット?)を組んで、ライブをする事に。
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TOMS

  • Author:TOMS
  • 好きな食べ物:ペペロンチーノ

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